質屋とグランブルーと末期癌

TRIGO株式会社の直営店『質の七つ屋湘南本店』でのお話しです。

『グランブルー』と言う映画をご存知でしょうか?
1988年公開のフランス映画で監督はリック・ベンソン。
フリーダイビングの天才ダイバー『ジャック・マイヨール』のお話しです。
*そんな私も『グランブルー』の海とイルカの映像美にハマりました。

グランブルーは未だに根強い人気を誇る伝説的な作品であり、その主人公のジャック・マイヨールも伝説的なダイバーである。
そんなジャック・マイヨールの名前がついている時計があるのです。

オメガシーマスター120ジャック・マイヨールモデル限定4500本

この時計を廻る質屋とお客様の事を簡単に書いていきます。

昨年の霜月の中頃の事です。
もう店を閉めようと思った矢先に彼はやって来ました。

彼は20代半ばの会社勤めの常連の男の子。
最初の出会いは大学の教科書の質預り、からの5年位の付き合いである。

その日の彼の質草はいつもの時計。
その時計が上記に書いたオメガシーマスター120ジャック・マイヨールモデル(限定品)なのです。
彼の父親がグランブルーの大ファンで、子供頃から一緒にビデオで見ていたそうです。
それが高じて、彼はジャック・マイヨールのファンになり、海が大好きになり、この時計を買ったそうです。

いつもはその時計で5万円の預りの所、その日は8万円での預り希望でした。

本来、彼のジャック・マイヨールなら質預りの限度額は7万円。
そんな話をしていると、今回の8万円の使い道を語り始めました。

「実は・・・父が末期癌で余命宣告をされました。最期の思い出作りに父と母と3人で旅行に行きたいのです。」
子供の頃に親子3人で旅行した伊豆の温泉へ、僕が両親を連れて行きたいのだと涙を流しながら私に訴えかけます。

「わかったよ…8万円で預かるから、思いっきり親孝行をしてくるんだぞ。」
私は質札を書き、現金と一緒にその質札を渡す。

「確認してね」
「七つ屋さん、1枚多いですよ。9万円あります」
「その1枚は俺からのお見舞いだよ、実は昨日競馬で万馬券を取ったから、そのお裾分けだから遠慮するなよ。」

そうしてのジャック・マイヨールは通算8回目の質預りで、また質蔵にしまわれていきました。

そして月日は流れ、半年後の5月のある日…
質の七つ屋に一人の初老の男が来店し1枚の質札を差し出してきました。。
「3か月程前に期限が切れていますが、まだ品物があれば出したいのですが….もう無いかな…」
差し出された質札を見ると、半年前に質預りしたジャック・マイヨールの彼の質札だったのです。

質預りした本人とは明らかに別人のその初老の男に少しだけ警戒心を抱きながら事情を聴きだします。

「ご本人ではないですよね?」
「はい。私は父親です…」

カウンター越しに私と対峙していたのは、余命宣告をされていた末期癌の父親でした。

一瞬、この父親が元気になったのかと思いましたが、父親の尋常ない程の真剣な眼差しが、そうではない事を物語っていました。

「実は息子が癌で亡くなりました。遺品を整理していたら1枚の私宛の封筒から、遺書と七つ屋さんの質札が出て来ました。遺品のどこを探しても息子の宝物であったオメガの時計が
無かった訳がわかりました。こちらに質入れしていたんですね….」

私は質屋稼業が長いだけに人の心の内を読む事が出来ます。なので騙されることが殆どないのです。
その質屋を彼は欺きました。
『末期癌だったのは父親ではなく、彼だったのです!!!』

11月に質預りした品物の期限は3か月後の2月です。
普通ならば質流れしていて、他者に売却しています。
所が、このオメガシーマスター120ジャック・マイヨールに関しては、彼が大切にしている宝物だから、
誰にも売らずに質蔵の中に取って置いたのです。

父親に其の事を伝え、時計を手渡すとその瞬間に腰が砕け、膝を床につけて号泣しだしました。

数分の間、その時計を握りしめて泣き続け、少し落ち着きを取り戻すと、
「既に期限を3か月も超えているから、息子の時計は諦めていた。
でも、もしかして….万が一….そんな思いでやって来ました….」

父親はその時計を持って帰る為の料金を支払い、何度も何度もお礼を言って帰って行きました。

質屋業を長くやっていると、月に1度は店で号泣する人がいます。
その人達の涙にも価値を見出すのが質の七つ屋のです。

困ったことがあれば何なりとご相談下さい。

質の七つ屋店主より